認知症とは、正常に働いていた脳の機能が低下し、記憶や思考への影響がみられる病気です。65歳以上70歳未満の有病率は1.5%、85歳では27%と言われ、日本における65歳以上の認知症患者はすでに250万を超え、2020年には300万人を超すと推定されています。高齢社会の日本では認知症が今後ますます重要な問題になることは明らかです。しかし、若くても脳血管障害や若年性アルツハイマー病の為に認知症を発症することがあります。65歳未満で発症した認知症を若年性認知症といい、その患者数は4万人と推計されています。認知症の中でいちばん多いアルツハイマー型認知症は、男性より女性に多くみられ、脳神経が変性して脳の機能の一部が萎縮していきます。血管性認知症は比較的男性に多くみられ、全体的な記憶障害ではなく、一部の記憶は保たれている「まだら認知症」が特徴です。症状は段階的に、アルツハイマー型よりも早く進むことがあります。また、アルツハイマー型に血管性認知症が合併している患者さんも多くみられます。
初期は、加齢による単なる物忘れに見えることが多いでしょう。しかし、憂うつ、外出をいやがる、気力がなくなった、被害妄想がある、話が通じなくなった、外出すると迷子になる、お金の勘定ができなくなったなどのサインが出てきたときには、当院に相談してください。また、認知症ほどではないけれど、正常な「もの忘れ」よりも記憶などの能力が低下している「軽度認知障害」という概念が最近注目されています。軽度認知障害の特徴としては、4つが挙げられます。
この場合の認知機能とは、失語・失認・失行・実行機能のことです。
軽度認知障害のすべてが認知症になるわけではありませんが、この段階から治療を開始することで、認知症の進行を遅らせるなどの効果が期待されています。認知症ではなさそうだと思っても、もの忘れの程度がほかの同年齢の人に比べてやや強いと感じたら、念のために専門医である当院を受診することが早期発見・早期治療につながることになります。
一般に認知症は、記憶の障害を中核症状とします。最近の出来事の記憶のほうが障害されやすく(何度も同じことを聞いてしまう、食事したこと自体を忘れる、など)、過去の記憶は比較的保たれますが、進行とともに過去の記憶も障害されてきます。また、今日が何月何日か、ここがどこかがわからないといった見当識障害も加わり、判断が正しくできず、抽象的なことがわからなくなります。理解や判断力の低下が見られ、夏なのに厚着をしたり、同じものをいくつも買ってきたりするために気づかれることもあります。また、今まで認識していたことがわからなくなる(知り合いの顔が分からない、服を左右逆に着ようとするなどの失認)、今まで行動できていたことができなくなる(テレビのリモコンが使えない、ガス栓の締め方が分からないなどの失行)、言葉がうまく話せないとか話を理解できなくなるなど、(失語)などの症状がいろいろな程度に加わることもあります。
周辺症状としては、物をしまったのを忘れて盗られたと思い込んだり(物盗られ妄想)、真実でないことを話したり(作話)、誰もいないのにそこに人がいると思い込んだり(幻視)、何もする気がしないで寝てばかりいること(意欲低下)や抑うつが目立つ、夜中などに一見目的がなくうろうろ歩く(徘徊:実は本人なりに昔住んでた住所などと勘違いして、帰らなければならない、と思い込み歩き回ってしまう)こともあります。なかには、パーキンソン症状や手足の麻痺が起こることもあります。
認知症には、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭・側頭型認知症などがあり、症状や程度は個人差があり、一般には症状は徐々に起こってきて、ゆっくりと進行しますが、なかには進行が速いこともあります。
正常なもの忘れ | 認知症によるもの忘れ | |
もの忘れの範囲 | 出来事などの一部を忘れる(例:何を食べたか思い出せない) | 出来事などのすべてを忘れる(例:食べたことそのものを忘れる) |
自 覚 | もの忘れに気づき、思い出そうとする | もの忘れに気づかない |
学習能力 | 新しいことを覚えることができる | 新しいことを覚えられない |
日常生活 | あまり支障がない | 支障をきたす |
幻想・妄想 | ない | 起こることがある |
人 格 | 変化はない | 変化する(暴言や暴力をふるうようになる、怒りやすい、何事にも無関心になるなど) |
まず、認知症かどうか、認知症ならどういう病気かを明らかにする必要があります。そのためには家族から病歴を詳しく聞き、本人への問診や神経学的診察を詳しく行う必要があります。最近よく見かけるのですが、簡単な認知症検査だけで認知症の有無が判定されがちです。しかし、認知症の診断はそんな簡単な検査だけではわからないことが多いので注意が必要です。標準的な認知機能検査ではHDS-RやMMSEがありますが、これらだけでは判定できないことも多く、当院ではアルツハイマー型認知症の疑いがある場合には世界的に行われているADASといった検査や、家族・介護者に評価していただくSMQ、NPI、iADLなど様々な評価スケールを用いて総合的に判定いたします。また画像検査(特にMRI:特別なスライスのオーダーが必要になることもあります)や脳血流を測定するSPECTは必須です。
認知症を完全に治す治療法はまだありません。そこでできるだけ症状を軽くして、進行の速度を遅らせることが現在の治療目的となります。
治療法には薬物療法と非薬物療法があります。このうち薬物療法は、アルツハイマー病の中核症状の進行をある程度抑える効果が期待される薬(コリンエステラーゼ阻害薬)が経口、貼布剤で数種類と、中等度以上のアルツハイマー型認知症に対して、神経細胞傷害や記憶・学習障害を抑制するNMDA受容体拮抗剤があります。また脳循環改善薬などを併用することもあります。
また、不穏、徘徊などの周辺症状に対して漢方薬や一部抗精神病薬を用いることもあります。しかし、かつて周辺症状に使われていた薬の中には、認知症の症状をかえって悪化させるものがあるので、薬物療法には慎重を要します。
また、薬に頼らず、患者さんを刺激しない(例:つじつまの合わない話を患者さんがしても否定したり、叱ったりしないで耳を傾ける態度をとる)、規則正しい生活をおくるようにこころがける、環境を急激に変えないようにする、などを基本とします。音楽療法、絵画療法、回想法や、デイケアやデイサービスなどのリハビリテーション活動も重要です。
上記のような診断、薬物治療を当院でしっかり行いますが、認知症の経過は長期にわたり、かつ家族や介護者の負担が長く続くことにもなります。そのため、当院では介護保険の導入を積極的に勧めております。在宅の場合には、ケアマネージャと連携して、訪問看護、訪問ヘルパー、訪問診療、デイサービス、ナイトサービスを利用したり、認知症の進行により自宅での介護、生活が困難となると介護施設へのショートステイや入所を勧めていくこともございます。このように認知症では症状や生活面での困難度に応じた介護サービスを受けるために、家族の要望を取り入れて最適な生活が送れるようにサポートしております。